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大阪家庭裁判所堺支部 昭和50年(少ハ)1号 決定

少年 I・N(昭二九・七・二七生)

主文

本人を、昭和五〇年一〇月三〇日まで特別少年院に継続して収容する。

理由

(本件収容継続申請の要旨)

1  I・N本人は、昭和四九年六月一八日大阪家庭裁判所堺支部において特別少年院送致決定を受け、同月二〇日から河内少年院において矯正教育を受け、同年七月二六日少年院法一一条一項但書による少年院長権限により一年間収容継続がなされ、本人の海洋生希望により同年一〇月一日新光学院へ移送され海洋生として矯正教育を受けることになつた。それから後本人は、同院の機関科五期生として訓練を受けていたところ、同年一一月一一日教官に対する暴言、逃走企図の事故により謹慎一五日の処分を受け、昭和五〇年二月一日一級下へ進級したが、同月二五日喧嘩のため謹慎五日の処分を受けた。その後本人は、同年四月二二日海技試験の丙種機関士試験に合格して機関士の資格を取得したのに、同年五月一〇日喧嘩により謹慎七日の処分を受け、その後現在に至つている。

2  本人は、上記のとおり機関科に編入されてから意欲的な構えで生活や訓練に取組んだものの、内在的自己中心性、ひがみつぽさ、気分変易などから上記のような事故を起し、対人関係の面で同院生との調和を欠き集団生活になじみ難く、処分されたときは後悔して前向きの姿勢を示しても持続性に欠ける点があり、内面的には気が弱く、きわめて自信のない自我があつて、積極性に欠け、劣等感があつて精神状態の不安を起すこともあり、気分変易も目立つている。

3  以上のとおりであるから、本人は在院成績不良であり、矯正教育の浸透がおそく、上記の少年院長権限による収容期間満了の同年六月一七日までには処遇の最上段階である一級上への進級が無理であつて、同年七月に進級することになる。なお本人は、将来退院後に母親のもとに帰住するようになると思われるが、その母親の指導力に期待をもつことができないので、次の段階の保護観察をも考慮しなければならない。

4  そうすると、本人を当院に継続して収容するのでなければ、矯正教育を行うことができず、その期間については、保護観察を含めて昭和五〇年六月一八日から六か月の期間が相当である。

(当裁判所の判断)

本件全記録ならびに審理の結果によると、上記1ないし3の各事実を認めることができ、さらに下記の〈1〉ないし〈7〉の事実が認められる。

〈1〉  本人が海洋生を希望したのは、次兄の勧めもあり海洋生の幻燈(スライド)を見ていわゆる「かつこいい」と感じたからであつたため、初期のころは意欲をもつて訓練に取組んだが、幼時祖母に甘やかされて育ち著しく自己中心性その他上記の性格特性から予想外にきびしい訓練に苦しさを感じ逃避的になつてきて矯正教育の効果があがつていない。

〈2〉  本人は、他の人のいうことを考えてみたり聞入れたりしない(後記のとおり母親にもこの欠点がある)ので、上記のように教官に暴言をはいたり、また上記の性格特性から同院生との人間関係が円滑にいかず喧嘩事故を起し処分を受けたりして、進級がおくれている。

〈3〉  本人は、知能の関係もあるが、行動に積極性がなく、他の院生から馬鹿にされているとの被害意識があり、劣等感が強く、そのためもあつて自分の力に対し自信がなく、これらの性格もまだ矯正されていない。

〈4〉  本人は、海洋生であるが、上記〈1〉の逃避的な心の動きと、退院後本人を引取つて本人の面倒をみてやりたいと切望している母親の気持ちに引かれて、現在のところ船員になる気持ちがないが、気分変易の面もあるので将来変ることがないとはいえない。

〈5〉  本人は、丙種機関士試験に合格しており、次に本年七月に行われる丙種船長、機関長試験の受験勉強を行つている。本人がこの試験に合格する可能性もあるので、これに合格すれば自信を高めることになる。(このことは、本人の矯正教育にとつて、まことに重要である。)

〈6〉  本人は、現在のところ、退院後は母とともに大阪府員塚市内に居住することを希望し、職業は機関科生として勉強した電気の知識で電気工事関係の仕事に従事したいと望んでいる。

〈7〉  本人の母親は、他の兄たちとちがつて本人の幼時に育てられなかつたことを悔い、親としての責任を強く感じており、一日でも早く本人を引取ることを熱望し、少年院教官その他から本人の矯正教育の仕あげをしてから後に、との説得にがんとして応ずることなく、少年が幼時に養育せられた祖母の初盆にはどうしても墓参させたい(少年は祖母を心から慕つていた)、と主張している。なお母親は、保護の意欲はあつても、保護能力ありと認めることはできない。

以上認定の事実からして、本人には矯正教育の効果は相当程度に現われているがまだ犯罪的傾向が矯正されていると見ることはできず、ここしばらくの間自覚を高め、本人の自己中心性その他上記の性格特性の矯正、その外他人との人間関係を調整できるだけの自力を向上させ、ひがみや劣等感を除き、自信をもたせることによつて、犯罪的傾向を除去するための教育を行なう必要があり、今後向上の余地があるものと考える。

もつとも、本人に対し収容継続を認めることによる本人の更生意欲減退を考えなければならないが、本人は自己の性格特性をほぼ知つており、自分で努力してこれを正しく直したいと考えていること、上記船長、機関長試験を受験する決意をしており、船に乗らなくてもその資格が将来自分の役に立つことも充分に知つている。これらのことを考えあわせると、本人の収容継続が本人にとつても、社会にとつても終局利益となることが推認できるのである。

収容継続の期間については、上記の認定事実ならびに諸般の点を考えて同年九月上旬まで少年院内で処遇をし、その後社会内処遇による保護の完成を目ざす保護観察を行なうのが相当であると考えられるので、本件収容継続期間を昭和五〇年一〇月三〇日までとするのが相当である。

なお、上記保護観察については、本人は従来から担当保護司に対しよい感情をもつていないので、別の保護司の担当にしてもらいたく、とくに母親の能力を補う趣旨を含めて練達な女性保護司を希望したい。

よつて、少年院法一一条二項、三項、四項により主文のとおり決定する。

(裁判官 市原忠原)

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